経緯カテゴリの記事一覧

風林火山の経緯とは?

スポンサードリンク
この風林火山の陣旗の始祖は本当の所は武田信玄ではない。
風林火山の旗印は武田信玄よりも200年早く、南北朝時代の若き公卿武将で
鎮守府将軍であった北畠顕家が、京を制圧した足利尊氏を打倒するために
奥州多賀国府(現在の宮城県多賀城市)で兵を挙げた時から使用していた
陣旗であった。

北畠顕家は平安時代後期から鎌倉時代後期まで活躍した村上源氏を始祖としており、学識も深く、孫子に深く傾倒していたと思われる。

北畠顕家はこの風林火山の旗印を用いて、
一度は足利尊氏をあわや自害のところまで追い込んだのである。

北畠顕家は南北朝を経て戦国期には、「太平記」や「梅松論」、父の北畠親房が記した「神皇正統記」などの書物によって名将として親しまれ、したがって武田信玄も北畠顕家の風林火山の陣旗を参考に陣旗を作ったと考えられるのである。





たっぷり風林火山歴史ウォーキング



また、信玄は信仰する諏訪明神の加護を信じて「南無諏方南宮法性上下大明神(なむすわなんぐうほっしょうかみしもだいみょうじん)」を本陣旗としている。

この話は武田信玄の逸話として有名なものであり、そのためか風林火山を題材とした作品や、名前を引用したものが多く存在する。
タグ:信長の野望
| 経緯
大河ドラマ」の先頭へ

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。